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映像・データによる農地管理で、農家の想いとノウハウを次世代へつなぐ。キヤノンMJグループが愛媛で挑む農業DX

2025年12月16日

キヤノンMJのいま

いま日本の農業は、人手不足や高齢化、長年培われてきたノウハウが途絶えてしまうなどの問題に直面しています。その課題にデジタル技術で挑んでいるのがキヤノンマーケティングジャパン(以下、キヤノンMJ)グループ。

その取り組みは愛媛県主催のDX推進プロジェクト「トライアングルエヒメ2.0」に採択され、映像技術やセンサーを活用した農地管理の効率化やノウハウ継承を支援する実装検証が進行中です。テクノロジーは農業の未来をどう変えるのか、プロジェクトを推進するキヤノンMJの道光 祥子さんと柳井 瑞貴さん、キヤノンITソリューションズ(以下、キヤノンITS)の菅上 修さんに聞きました。

日本の農業が抱える人手不足や技能継承の問題に、テクノロジーで挑む

キヤノンマーケティングジャパン 情報通信システム本部 デジタル戦略部 道光 祥子

このたびキヤノンMJグループの取り組みが愛媛県主催の「トライアングルエヒメ2.0」(以下、トライアングルエヒメ)に採択されたそうですが、まずは日本の農業が直面する課題について、どう捉えているかお聞かせください。

道光:最大の課題は就農人口の減少です。新規就農者が減少傾向にある一方で既存農家の高齢化が進み、技能継承も難しくなっている。農業は勘や経験に支えられてきた部分が大きく、ノウハウを持った人材がいなくなることは深刻な問題です。

キヤノンITソリューションズ ITサービス営業本部 菅上 修

柳井:全国にお客さまを持つ私たちにとって、地域の活性化に貢献することは重要なミッションです。私たちはキヤノングループの企業理念である「共生」のもと、IT・映像ソリューションを活用した地域創生の支援に注力しています。そうした中、今回のプロジェクトを進めるにあたって農家の方にヒアリングした際に、広大な農地管理の効率化が難しいという話を伺いました。農家の方々は毎日現場に直接行って、農地の状況を確認し、それに応じて作業の有無や計画を立てなければならず、大きな負担となっていたのです。そこで、社内で培ってきたデータ分析やデータ可視化のノウハウに、私たちの強みであるカメラなどの映像技術を組み合わせ、農業の「目」として活用できないかと考え、農業DXへの挑戦が始まりました。 

 菅上:キヤノンMJグループのITソリューション事業の中核を担う、われわれキヤノンITSは幅広い領域で、多彩な映像技術を活用したソリューションを展開しています。実は農業分野においてもすでに取り組んでおり、トマトの熟成度を映像で判定する実証実験なども行ってきました。そうした知見を踏まえ、今回の愛媛県での農業DXにおいても、きっとお役に立てると考えていました。

農家のリアルな声から生まれた、現場起点のソリューション

「トライアングルエヒメ」はどのようなプロジェクトなのか、改めて教えてください。

キヤノンマーケティングジャパン 情報通信システム本部 デジタル戦略部 柳井 瑞貴

道光:トライアングルエヒメは、デジタル技術を活用して愛媛県内の地域課題を解決することを目的としたDX推進プロジェクトです。県と地元事業者、そしてデジタル技術を持つ企業の3者が一体となって課題解決に取り組むもので、採択されれば県の支援を受けながら、県内で実装検証を行うことができます。

実際、私たちの構想を地域課題解決につなげていくには、自治体との密な連携が不可欠です。そこで、DXへの熱量が高く、私たちが連携できる基盤(営業所やビジネスパートナーの存在)がある地域として挙がったのが愛媛県だったため、ぜひここから取り組みを開始したいとトライアングルエヒメに応募しました。

​​柳井:愛媛県は他にもさまざまなDX推進プロジェクトを展開しています。行政にも「デジタルシフト推進課」という専門組織があり、予算も人材も本気で投入していました。私たちもソリューションの内容を検討する段階から、県職員の方々に県内の農業の専門家を紹介いただくなど、強力にサポートしていただきました。

この取り組みには、どのようなチーム編成で臨んでいるのでしょうか。

道光:キヤノンMJが中心となってプロジェクトを推進し、技術開発はキヤノンITSがリードしています。また、カメラなどの設置工事は、全国約150の拠点ネットワークを持つキヤノンシステムアンドサポートに協力してもらい、農業の知見については愛媛大学農学部の先生などにもお力添えいただいています。

柳井:応募するソリューションの具体的な内容は、県と何度もコミュニケーションを重ねて詰めていきました。その過程で県から紹介いただいたのが、二つある実装検証先のうちの一つ、相原バラ園さんです。そこからは相原バラ園さんの課題や想いを丁寧にヒアリングし、ご要望に対して私たちの技術でどう応えられるか検討を重ねました。

相原バラ園さんの課題や想いとはどのようなものでしたか。

道光:オーナーの相原さんは明確に二つの課題を把握していました。一つは農地への往来です。従来相原さんは、松山市内から遠方の農地へ頻繁にバラの様子を確認しに行かれていました。現地を確認した結果、やるべき作業がない日も多かったそうです。バラは連作ができず、農地を点々とする必要があるため、今後農地がさらに遠方になる可能性もあり、無駄な往来をなくすことは非常に重要でした。

もう一つがノウハウの伝承です。相原さんは全国にファンを持つバラ農家さんなのですが、そのバラの育成ノウハウを、データを使い記録を残しながら多くの方々にしっかりと伝えていきたいという熱い想いをお持ちでした。

道光一方で農業DXのソリューションとしては、相原バラ園さんに特化してしまっては他の農家さんに展開できません。そこでもう一つの実装検証先として紹介いただいた、ミニトマトなどを手がける日高農園さんにもヒアリングし、幅広い栽培方法や作物に活用できる形に調整していきました。​

柳井:特に印象的だったのは、「目で見たい」という強いご要望です。データを数値化するだけでなく、実際の農地を自分の目で見て判断したいというニーズがはっきりしており、それがまさに、キヤノンMJグループのカメラ技術とマッチしていました。

そうした取り組みの結果、見事採択されましたが、決め手は何だったのでしょうか。

道光:トライアングルエヒメでは、技術が継続的に県内で広く活用されること、つまり「再現性」「継続性」が重視されます。私たちのソリューションは、土壌栽培のバラや里芋、水耕栽培のミニトマトなど、環境・作物に関わらず幅広く使用できる点を高く評価いただきました。

菅上:「キヤノンのカメラならではの高精細映像」も好評でした。プレゼン時には、60メートル先のペットボトルのラベルまで拡大してはっきりと読みとれる映像を見ていただき、県の方に「ここまできれいに見えるんですね」と驚かれました。キヤノンブランドの認知度や信頼性も後押しになったのではと思います。

農地の映像・データを一元管理。ウエアラブルカメラで遠隔コミュニケーションも支援

現在、二つの農家で行われている実装検証は、具体的にはどのようなものでしょうか。

左から、ミニトマトのハウス内で高精細映像を取得するネットワークカメラ、里芋畑に設置した土壌水分センサー、各データを送信する通信用機器(上部)と里芋畑の映像を取得するネットワークカメラ
Bind Visionのダッシュボード。「あらゆるデータを取り込み自由に組み合せたダッシュボードをつくれるのが、Bind Visionの利点です」(菅上)

菅上:農地管理の効率化のため、ネットワークカメラで映像を、各種センサーで環境データ(土壌の温度・水分・肥料分などの濃度、ハウス内の温湿度・照度・CO2濃度など)を取得し、キヤノンITSが提供するクラウド型画像AI連携プラットフォーム「Bind Vision」で一元管理できるようにしています。Bind Visionのダッシュボードを見れば、農地の映像や数値化されたデータをリアルタイムに一覧でき、過去データとの比較も可能です。

さらに、首にかけるウエアラブルカメラを使った遠隔コミュニケーション支援も検証中です。現場で作業されている方の視界に近い映像をパソコンやスマートフォンで共有でき、音声のやり取りも可能なので、遠隔地にいるベテランが、まるでその場にいるかのように現場の作業者に指示することができます。​

首にかけるタイプのウエアラブルカメラ「Safie Pocket2 Plus」を活用し、作業者の視界を共有

柳井:ベテランの方も、作業者の視界とほぼ同じ映像を見ることで、より正確に判断基準や作業のコツなどを教えられるようになり、経験の浅い作業者の方の習熟スピードが各段に上がっているそうです。

Bind Visionの使い勝手について、農家の方々の反応はいかがですか。

道光:直感的なUIで、30分程度のレクチャーだけですぐに使っていただけました。面白いのは、普段パソコンを使わない方も「つい見たくなる」そうで、自発的に頻繁に利用されているということです。農家さんと一緒にソリューションを組み立てていったからこそ、定着しているのだと思います。 ​

スマートフォンでもBind Visionを確認できる

菅上:スマートフォンでも見られるので、出先でも農地の状況を常にチェックできます。こうした技術が、「なかなか旅行に行けない」などの就農ハードルを下げることにもつながると考えています。

日高農園代表・日高 啓之さんに聞く

当農園では30年以上前からミニトマトを水耕栽培しています。これまで父の感覚頼りだった栽培技術の継承に課題を感じていましたが、キヤノンMJグループのソリューションを導入した後は、数値を基に農作業ができるようになりました。例えばハウス内の温度制御も、「暑くなったらハウスを開ける」ではなく「この数値になったら開ける」と決めることで、経験に関わらず誰でも適切な管理ができます。

松山市内でミニトマト、里芋(伊予美人)、米、柑橘を栽培している日高農園の3代目、日高 啓之さん

里芋はまだ栽培ノウハウの蓄積がないため、土壌水分量から水やりや収穫のタイミングを判断できるのがありがたいです。栽培状況や生育過程を画像とデータで残し、後から振り返りもできるようになりました。

映像は高精細で、葉焼けや病害虫、土や葉の濡れ具合までしっかり確認できます。Bind Visionで数値を見るのは面白いですし、どこにいてもスマートフォンで農地を見られるので安心です。使いやすいUIで、操作に困ったこともありません。

キヤノンMJグループの皆さんは「こうなったらいいな」というちょっとした一言に対してもすぐに動いてくれる、頼もしいパートナーです。今後もAI活用などを含め、面白いことを一緒にやっていきたいと思っています。

想いと技術をつなぎ、農業の未来を切り拓く

今後の目標を教えてください。

道光:事前に三つのKPIを設定したので、それを実装検証期間中に達成することが当面の目標です。一つは「利用頻度」。農家さんがBind Visionにどれだけログインしているかを確認し、使われていない場合は定期的に行っている勉強会の中でヒアリングし、改善を重ねます。

二つ目は「業務効率化」。相原バラ園さんの場合、農地への往復時間の削減など、時間的なコスト削減を数値化しています。日高農園さんは広大な農地全体を見切れず水やりのタイミングを逃すといった課題があったので、最適なタイミングで農作業が行えたかを測っています。

三つ目は「収量の変化」。ソリューションの活用で農作業を最適化できれば、収量の増加や歩留まり改善につながると考えており、前年との比較で確認する予定です。

現時点での改善点や、追加開発の予定はありますか。

菅上:気象データの取り込みや、作業メモをダッシュボード上に残す機能の追加などを考えています。より多くの農家さんに使っていただくことを見据え、汎用性や操作性の向上にも取り組んでおり、AIが作業の提案をしてくれる機能や、ネットワークカメラで取得した画像からAIが作物の状態を診断する機能などの導入も検討中です。コストとのバランスも見極めながら、農家さんが本当に必要とする機能を取捨選択していきたいと思っています。

ー 最後に、この取り組みを通じてどんな未来をつくりたいか、それぞれの想いを聞かせてください。

菅上:取り組み自体は走り出したばかりですが、いずれは当社の強みである技術で多くの農家の方々を支えたい。そのためにも、まずは実装検証をしっかりとやり遂げ、横展開を目指していきます。

道光:「皆さんが喜んでくれて、私たちもうれしい」Win-Winの状態をどれだけつくっていけるかが大事だと思っています。喜んでいただくには何が必要なのか考え、実現し続けた結果として横展開できるのが理想ですし、そのためのアクションを続けていきたいです。

柳井:このソリューションを使ってくださっているのはまだ二つの農家さんだけですが、きっと日本中に同じ課題を抱えている方がたくさんいらっしゃると思います。そんな皆さんにも使っていただき「これがあって良かった」と思っていただけるように、プロジェクトを一歩ずつでも進めていきたいと考えています。

この取り組みはまさに、キヤノンMJグループのパーパス「想いと技術をつなぎ、想像を超える未来を切り拓く」を体現するものだと思っています。農家さんや県、私たちの想いを技術で結びつけ、想像を超える未来へとつなげていきたいです。


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