世界のプロフォトグラファーを支えるカメラ・レンズサポートの精鋭たち。彼らに受け継がれてきた信念とは
2026年1月19日
決定的瞬間を捉え、世界中に感動を届けるスポーツ写真の世界。撮り逃しが決して許されない状況下で撮影に向き合い続けるプロフォトグラファーたちを、長年支えてきたのがキヤノンマーケティングジャパン(以下、キヤノンMJ)のプロサポートだ。日々の機材点検や修理といった窓口対応に加え、オリンピックなどの大規模なスポーツイベントでは現地に専用ブースを構えることで、その場での即時対応を徹底してきた。「サポートの力によって撮影の手を絶対に止めさせない」。その一心で国内外数多くの経験を積んできたプロフェッショナルカメラマーケティング部 柿崎 利樹の熱い想い、そして歴代の技術者たちによって受け継がれてきたプロサポートの信念に迫る。
プロ対応に特化したカメラ・レンズサポートのスペシャリスト
日々、プロフォトグラファーたちが撮影に集中できるよう機材の点検や修理、代替機の貸与など、さまざまなサービスで全面的に支えているのが、キヤノンMJの「プロサポート」部門だ。
彼らは、報道機関や写真館、フリーランスで活動するフォトグラファーなどに対する通常時のサポート提供はもちろん、オリンピックをはじめとする大規模なスポーツイベント開催時には、世界中から参加する何百人ものフォトグラファーたちをサポートするため、現地に通称「サービスデポ」と呼ばれるキヤノンブースを設置する。そこでは、カメラの外部損傷のほか、センサーや基板の交換といったカメラ内部の高度な修理にも即時対応できるよう万全な体制を敷いている。
「私たちは現地に多くの工具や部品を運び込み、通常の修理センターを丸ごと移設するようなイメージで臨んでいます。フォトグラファーの皆さんが使い慣れた機材で撮影を続けられるようにすることが、私たちの最大の使命であり、喜びでもあるんです」
平時もイベント時も単なる修理対応ではなく、一人ひとりの状況やニーズに合わせて適宜適切に対応する。それがプロサポートの強みであり、これまで数多くのプロフェッショナルから信頼されてきた理由の一つでもある。
何十枚ものレンズの角度を細かく調整。技術と集中力を培ったキャリアの原点
柿崎のキャリアは、新卒入社で修理センターに配属されたことから始まった。機材サポートの最前線の現場であり、アマチュア、プロ関係なくさまざまなカメラやレンズを分解・修理し、組み上げる毎日。そこで製品構造について基礎から徹底的に叩き込まれた。
「カメラの内部は多くの電子部品で構成されており、とても複雑です。特に超望遠レンズの内部は何十枚ものレンズで構成されているため、修理は一枚一枚角度を細かく調整して全体の精度を出す必要があり、非常に難易度の高い作業になります」
精度が甘ければ再び故障を引き起こす恐れもあり、構造の理解はもちろん、高度な技術や細部まで徹底的にやり切る集中力が求められる。
マニュアルを読み込み、先輩方に隣で教わりながら経験を積み、柿崎はその技術を少しずつ着実に高めていった。難しさを痛感したからこそ、一つひとつの修理をやり遂げた際のやりがいは大きかった。
「『修理後の機材で良い写真が撮れた』とお客さまから感謝のお手紙をいただくこともありました。こうした経験を積み重ねることで、自分の技術が誰かの役に立っていることを実感し、自信につながっていきました」
日本で磨いた高度な修理技術を世界へ
そうして、修理センターでひたすらカメラの修理と向き合い続け、ついに国内トップクラスの修理台数を誇る技術者にまで上り詰めた柿崎に、2013年、転機が訪れる。培ってきた高い技術力が評価され、アメリカへの赴任が決まったのだ。目的は現地の技術者たちの教育。日本で磨いた修理技術を世界へ伝える役割だった。
「いつかは海外で挑戦したいと思っていたので、赴任の話を聞いたときは心が高鳴りました」
ニューヨーク、バージニア、ロサンゼルスを飛び回り、現地スタッフたちに技術を教える日々が始まった。柿崎は文化も働き方も異なる環境の中で、マニュアルだけでは対応できない修理の精度へのこだわりを、彼らとどう共有するのが良いのか模索し続けた。
「アメリカでは技術はもちろんのこと、日本では当たり前だと思っていた『ユーザーの状況やニーズを考慮しながら、一台一台の修理に向き合う姿勢』を、うまく言葉にして伝えていく必要がありました。それは、自分にとって大きな学びとなりましたし、諸先輩方から直にそのような姿勢や技術を学ぶことのできた日本の環境にありがたさを感じました」
このようにして現地スタッフたちを教育していた柿崎は、翌年ロシアで開催されたソチオリンピックで、プロサポートのスタッフのひとりとして現地に派遣される機会を得る。
「大きなスポーツ大会での対応は、通常の修理センターとは異なる難しさがありました。風雨や気温差などで想定外のトラブルも多発しますし、カメラ本体ではなく『三脚が壊れた』などのご相談も舞い込みます。しかし、大会に集うフォトグラファーたちの仕事は一瞬一瞬の勝負なので、私たちも『撮影のためならどんなことでも伴走する』という強い決意を持って臨まなければなりません。そんなプレッシャーがあったので、無事にサポートをやり遂げたときの喜びは、非常に大きいものでした」
一からチームを構築したブラジルでの挑戦

国際大会での経験を経て、プロに伴走するための柔軟性と技術を身に付けた柿崎は2015年、さらなる任務を託された。それは、ブラジルで翌年開催されるリオデジャネイロオリンピック(以下、リオ2016大会)に向けたサポート体制を一から構築するというものだった。
キヤノンにおけるオリンピックでのプロサポートは1976年モントリオール大会から始まっており、大会ごとに過去の運営マニュアルや実行計画を参考に、各担当者が現地スタッフと協力しながらサポート体制を築き上げてきた。柿崎は、ソチでの経験も買われ、ここでリーダーに抜擢されたのだ。
ブラジルへ赴任して、まず待っていたのは言葉の壁。技術を共有するベースとなる修理マニュアルは全て英語と日本語のため、ポルトガル語を使う現地スタッフたちとのコミュニケーションは難航した。
「彼らと交流を深めるため、積極的に懇親会などにも参加しましたが、専門的な修理の話になると細かいニュアンスを伝えるのに大変苦労しました。そのため、つたないポルトガル語を交えながら修理手順を実演してみることにしたんです。私が隣で手本をみせ、すぐ彼らにやってもらい、彼ら自身が読めるポルトガル語のマニュアルを作成、というサイクルを回していくと、不思議なほど意思疎通ができるようになりました」
そうして時間をかけて一人ひとりと向き合う中で、現地スタッフたちのスキルは着実に上がり、サポート体制も徐々に拡大していった。しかし、技術は向上しているものの、大きな競技会に臨むための個々人の士気については、まだ十分に高められていないのではないか、と感じるようになったという。
「ほぼ毎日一緒にいて、丁寧にコミュニケーションをとっていても埋められない温度差をどうしたらいいのか、非常に悩みました」
悩んだ末に柿崎は、あることに気づいた。無意識のうちに“教える側と教わる側”という上下の関係になっていたのだ。
「本当の意味で、私は彼らと仲間になれていなかったんです。そこに気付いてから、チームを『一緒に山を登る仲間』なんだと考えるようになりました」
ただ技術を指導するのではなく、頂上である「リオ2016大会の成功」を共に目指すという目標から共有し、成し遂げる意義を日々伝え続ける。こうした柿崎の変化は、チームを大きく変えていった。
最終的に大会本番では、世界各国から集まった精鋭たちも加え約60名のサポートチームを構築する形となったが、その中でブラジルチームの技術力は世界トップレベルの精鋭たちに引けを取らない水準に達していた。
「彼らの成長ぶりは本当に素晴らしく、とても誇らしかったです」
あらゆる手を尽くす。それがプロサポートの矜持
プロサポートの重要性は年々高まり続け、いまではオリンピックにとどまらず、さまざまなスポーツイベントの現場で展開されており、「絶対に欠かせない存在」として世界中のフォトグラファーたちから多大な信頼を集めている。
「事前にしっかりとメンテナンスをしていても、トラブルが起きる可能性はゼロではありません。そんなときにでも、すぐに直してもらえる安心感は、キヤノンの機材を選んでいただく理由にもつながっていると思います」
プロサポートを語るうえで、柿崎には忘れられない出来事がある。とある世界的なスポーツイベントに派遣されたときのこと。撮影中にフォトグラファーがアクシデントに見舞われ、カメラ本体の接続部分とレンズが完全に割れてしまった状態で持ち込まれた。通常であれば現地での修理は諦めざるをえないが、柿崎をはじめキヤノンチームは決して諦めなかった。
「かなり困難な状況ではありましたが、そういうときこそ『絶対になんとかしてみせる』と心が燃えるんです。実際に日本のスタッフがすぐに損傷箇所を見極め、必要な部品をキヤノンフランス※のスタッフが車で調達。その後、キヤノンUSA※のスタッフが引き継いで修理を行い、その日のうちに元通りの状態でお返しすることができました」大会中、プロサポートは「ゼロ・ダウンタイム」という合言葉を掲げている。キヤノングループの総力をあげて、どんなトラブルに対しても迅速にメンテナンスや修理対応、代替品貸与などを行うことで、フォトグラファーが撮影できない時間「ダウンタイム」を「0(ゼロ)」にすることを目指す、というものだ。これには熟練者たちの高度なチームワークが欠かせない。
「『撮影を止めさせないために、あらゆる手段を駆使してプロフォトグラファーをサポートする』という強い信念を持つこと。スキル以上に、こうした情熱が重要です」と柿崎は語る。では、その情熱はどこから生まれているのだろうか。
「世界規模の大会でプロフォトグラファーたちが撮影するのは、後世に語り継がれる写真。いわば歴史を物語る一枚です。そんな一枚をキヤノンの機材で撮っていただくと、サポートしている自分たちもその歴史の一部を担い、世界中に感動を届ける仕事をしているんだ、と感じることができます。その誇りと責任が、大きな力になっています」
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※
キヤノングループ
サポートの存在が、想像を超える新たな映像表現を生み出す
柿崎は、国際的なスポーツ競技大会のプロサポート統括を数多く遂行した後、現在の企画部門に異動した。プロサポート全体のサービス設計やイベント企画のほか、報道機関に所属するプロフォトグラファーに向けたマーケティングなども担当し、プロが本当に求める最高の一台を作り上げることに注力している。
「『昔から使い慣れているから』といった理由に留まらず、『キヤノンでしかこの表現ができないから、キヤノンを選びたい』と常に感じていただけるものづくりに貢献するのが目標です。そのために、プロの意見を商品企画の初期段階から反映できる体制をより強化していきたいです」
世間では、「技術が進化し尽くし、カメラの機能は成熟してしまった」という声もある。だが、柿崎は信じている。「ここ数年、複数台によるリモート撮影や通信機能の精度向上といった新たなニーズも高まっている。それらに応えるため進化し続ける機材と撮影するフォトグラファー、そして彼らを支えるサポートの三位一体で臨めば、これからも、いままで見たことのないようなワクワクする新たな写真・映像表現が生み出せるはずだ」と。
いまだかつて誰も想像しなかったような表現を、この手で実現させたい。その決意を胸に、柿崎は次の挑戦へと向かっている。

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