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いま、改めて知りたい物流課題。私たちの暮らしへの影響、そして解決策とは

2025年6月25日

「気になる」を訊く

私たちの生活を支える「物流」。しかし近年、「2024年問題」をはじめ、トラックドライバーの高齢化や庫内作業員の人手不足など、物流業界はさまざまな課題に直面している。これまでの物流の維持が難しくなる中、どこに根本的な課題があり、どのような解決策が期待されているのか? そして、私たちにできることは? 物流に詳しい学習院大学経済学部経営学科 教授の河合 亜矢子氏に訊いた。

「物流危機」の暮らしへの影響は、地方から現れ始めている

まずは、いま物流業界が抱えている課題について教えてください。

学習院大学 経済学部経営学科 教授 河合 亜矢子氏

まず物流の内容を整理しますと、「保管」「荷役」「輸配送」の3つに大きく分かれます。「保管」は、商品を適切な状態で一定期間保管し、品質や数量を保持すること。「荷役」は、商品の積み降ろし、運搬、仕分け、ピッキングなど、倉庫や物流センター内で行われる一連の作業のこと。「輸配送」は物を目的地に届けることです。

この中で、いま物流課題の一番のボトルネックとなっているのが「輸配送」です。その原因の筆頭に挙げられるのが、「トラックドライバーの不足」。ニュースでも盛んに報じられていますよね。高齢化が進む一方で若い世代のなり手が少なく、需要に対して供給が追い付いていないのです。加えて、2024年4月から働き方改革関連法により、自動車運転業務の年間時間外労働時間の上限が960時間に制限されました。いわゆる「2024年問題」で、これによりドライバー一人当たりの対応できる走行距離が短くなったため、特に、配送の大動脈である長距離幹線輸送におけるドライバー不足が深刻化しています。

大都市圏で暮らしている方は、そうした状況に実感が湧きづらいかもしれません。しかし現在(2025年4月取材)、北海道や九州の一部地域などでは「ドライバー不足が原因で、生活必需品などの物が運べない」という状況が深刻化しており、住人の生活に「物流危機」の影響が出はじめています。

どのような対策がとられているのでしょうか。

一例として、複数の企業が連携して、リードタイムを延長し、同じ車両で荷物を届ける「共同配送」を進める動きがあります。

リードタイムとは、発注から納品までの期間のこと。「輸配送」で一番の課題となっているのは、メーカーや生産者などの上流から、小売などの下流に物が運べない状況です。これまでの小売においては、「店頭に商品が、常にきれいに充足した状態で並んでいること」が当たり前とされてきました。しかし、従来のスピード感と頻度で物を運び、その状態を満たすことが本当に消費者から必要とされることなのか。物流危機への対応に向け、改めて各業界で連携し、問い直す動きが出ています。

すでに、大手食品メーカー数社が連携して同一の車両で共同配送したり、さまざまな家電メーカーが量販店への配送を一本化したりするなどの事例が生まれています。現在は、同じ業界内での共同配送事例が主ですが、ゆくゆくは業界を超えた混載を目指す流れが進んでいくと思います。

また、国もさまざまな対策を講じています。そのひとつが、2019年から国土交通省が主導する「『ホワイト物流』推進運動」です。トラックドライバー不足に対応し、「トラック輸送の生産性の向上と物流の効率化を図ること」「運転者の『よりホワイト』な労働環境を実現すること」を目的とした取り組みです。

ドライバー不足の根底には、「労働人口の減少」という日本社会が抱える構造的な問題があるため、それ自体を解決することはできません。そのため、輸送の生産性を上げるには「いかにトラックの積載効率を高め、少ない台数で物を運ぶか」が重要なポイントになります。

ただ、物流課題解決の難しいところは、「物流業界だけで解決できるものではない」こと。どんなに業界内で輸配送の効率化を図ったとしても、発荷主や着荷主から「品物を早急に運んでほしい」などの依頼があれば応えざるをえません。つまり問題を抱える人と、その問題を解決できる意思決定権を持つ人が異なるのです。ですから、物流事業者だけでなく、メーカーなどの発荷主、小売店などの着荷主をはじめ、サプライチェーンに関わる全ての事業者が連携して、さまざまな「ムリ、ムダ、ムラ」を無くすことが重要となります。

シームレスな物流の実現に向けて期待されるITの活用

では、「輸配送」以外の「保管」「荷役」でも、課題解決の取り組みはあるのでしょうか。

「保管」「荷役」は主に物流拠点で行われる作業ですが、「配送小口数の増加」や「サービスの多様化」にともない、物流拠点に期待される役割は年々拡大しています。例えば、「アパレルブランドが物流倉庫にコールセンター機能を設け、サイズやコーディネートに関する問い合わせに答える」「医療器具を扱う物流倉庫で、診察や手術に使われた使用済みの器具を回収し、消毒やパッケージングをして保管・再出荷する」など、その内容は本当にさまざまです。

このように物流拠点での業務は増加する一方ですから、テクノロジーの導入による庫内作業の効率化、省人化が急がれています。まだまだ人手に頼る必要がある倉庫も多いですが、ロボットやドローンを活用し、入出庫や保管、仕分け、棚卸しといった一連の作業を全自動化した、限りなく無人に近い倉庫も、ここ5年ほどの間に見られるようになってきました。

ITの導入には、どんなものがありますか。

配送計画や配車計画など、かなり前からIT化されている領域もありますが、「バース予約システム」など車両関連のテクノロジーは、近年急速に導入が進んでいると感じます。バースとは、配送トラックが荷物を積んだり降ろしたりする場所のことで、バースが混雑していたり、倉庫側の準備が整っていなかったりすると、ドライバーは待機を強いられることになります。これがいわゆる「荷待ち問題」と呼ばれるもので、トラックドライバーの長時間労働の原因にもなっていました。

従来、トラックは大まかな時間が指定された状態でバースに向かい、順番が来るまで列を成して待っているのが、よく見られる光景でした。しかし近年はスマートフォンやタブレット端末のバース予約システムから予約が可能で、待ち時間を大幅に削減することができます。さらに、物流倉庫側もドライバーが現在どこを走行しているのか位置情報を取得し、到着予定時刻も把握できるようになったため、トラックの到着予定時刻を基準として配送計画を組み立てたり、庫内作業員を手配したりなど、作業の大幅な効率化を実現できるようになりました。

また、こうしたシステムがトラックと倉庫間のデータ連携の有用性を示してくれたおかげで、サプライチェーン全体のデータ連携を実現しようという気運も高まってきています。

日本企業は従来、「自社内の生産・品質管理をより良いものにする」などの改善は得意としながらも、サプライチェーン全体のつながりをデザインして構築する発想が、アメリカやヨーロッパなどと比較して遅れている傾向にありました。システムも個々に組んで最適化されているので、連携が難しくなっています。各社のシステムをどのようにつないで、マスタデータをどう共有するかなど課題は山積みですが、シームレスな物流の実現に向けて、こうしたデータ連携の動きが加速してほしいと考えています。サプライチェーン全体の流れの中で、どこに何がどのくらいあるのかを可視化・分析し、その情報を基に生産や物流の計画を立てられるようになれば、社会全体の物の流れを良くすることにつながるはずです。

「より良い物流」を成すには、「より良い社会」であることが不可欠

いま直面する物流課題解決のために、私たち一般の消費者ができることはありますか。

なかなか難しい質問ですが、あえて言うなら「到着日に寛容になっていただくこと」でしょうか。前述のように、課題解決のためには「トラックの積載効率を高めること」が重要で、それには「毎日配送していたものを3日に1回にする」などといった配送の集約が効果的です。つまり、リードタイムが長くなること(=すぐには物が届かないこと)を許せる社会の共通理解が大切だと思います。

逆に言えば企業側には、リードタイムを長くとることのメリットを消費者が享受できるサービスを、もっと提供してほしいですね。例えば、「翌日配送」が当たり前になっているECが多くありますが、もし「3日後の到着なら5%割引」という選択肢があれば、そちらを選ぶ消費者も一定数いるはずです。「どうしてもその物がなければ仕事にならない」などといった緊急性の高いものは、コストを払ってでも即日・翌日配送してもらう。しかし、そうではないものは、余裕をもって届けてもらう。後者を選ぶ人が増えれば、配送の集約がされやすくなるはずです。そうした物流に対する「寛容さ」や「心の余裕」みたいなものを皆が持つことが、物流の現場の「ムリ」の解消にもつながると思います。

最後に、河合先生が考える「物流の未来」についてお聞かせください

私は、「できるだけ物を動かさない物流」が究極の物流だと思っています。例えば「ニーズより多く製品を作り、売れ残ってしまった」といった状況は、原材料など必要以上の物が動き、ムダが発生していますよね。場合によっては売れ残りが返品され、さらに無駄な物の動きを生むこともあります。物流は、社会や経済活動と表裏一体にあるので、社会や経済活動のどこかにムリやムダ、ムラがあれば、その歪みが物流業界に表れてしまう。「動かさなくてよい物」を動かさないために、いかに計画を立てるか、どれだけ人手をかけずにスムーズに物が流れる社会をつくっていくか。「より良い物流」の前提にある「より良い社会」の実現を目指して、研究者として取り組んでいきたいと思っています。


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