電子文書の偽造・改ざんを防ぐ「eシール」の普及を目指して。キヤノンMJがサイバートラストとつくる信頼の価値
2026年5月15日
社会のデジタル化が加速する中、かつて紙と押印が当たり前だった契約書や請求書は、電子データでのやり取りが日常となりました。一方、生成AIの普及などにより、精巧な偽造文書の作成や改ざんが容易になり、現在デジタル上での「信頼」をどう担保するかが重要な社会課題の一つとなっています。この課題解決のため、いま注目を集めているのが「eシール」と呼ばれる技術です。
キヤノンマーケティングジャパン(以下、キヤノンMJ)は、デジタル上での認証・セキュリティサービスを手がけるサイバートラスト株式会社(以下、サイバートラスト)とタッグを組み、eシール普及に向けて動き出しています。今回は、サイバートラストの佐藤 拓巳さんと、キヤノンMJの伊藤 峻に、「eシール」とはどのような技術なのか、またタッグを組んだ背景について詳しく聞きました。
メリットの多い電子化の裏に潜む偽造・改ざんリスク
—まずは、日本における電子化の現状をお聞かせください。
伊藤:いまや、電子化された文書は当たり前の存在となり、契約書や請求書といった重要な書類も日常的にデータでやり取りされています。この「紙からデータへ」という変化を後押ししているのは、制度改正とコロナ禍です。
そもそも日本では、20年以上前から電子帳簿保存法や電子署名法、e-文書法といった制度整備が段階的に進められてきたのですが、当初は要件が厳しく、普及は限定的でした。しかし、2015年以降、要件緩和や制度改正で電子化は一気に現実的な選択肢となり、そこへコロナ禍によるテレワークの拡大が重なったことで、企業間における電子データのやり取りが急速に広がったのです。
ただ、海外に比べて日本のデジタル化は、業界や企業規模によってばらつきがあるのも事実です。例えばEUでは、商取引の効率化を目的に、電子署名などの共通基盤が整備され、デジタル化が一体的に進められてきました。一方、日本ではこれまで国内取引を前提としたビジネスが中心で、電子化に関する制度も業界ごとに整備されてきました。そのため、一部では紙での運用がまだまだ根強く残っているのが現状です。
—企業が文書の電子化を推進することで、どのようなメリットが得られるのでしょうか。
伊藤:まず、郵便料金や印紙代といった紙の発行コストを削減できます。また、日本は災害リスクが高いため、紙の保存だけではBCP(事業継続計画)の観点からも非常に脆弱です。デジタル化により、災害が起きたとしても業務を継続できるのは、企業にとって大きなメリットです。
—一方で、デメリットやリスクはあるのでしょうか。
伊藤:最大のリスクは、偽造や改ざんです。近年、生成AIの普及により文書の作成や加工・複製が低コストかつ容易になり、見た目だけでは正規の文書かどうかの判断が難しい時代になりました。文書を受け取る側が、常に「この文書は“本物”なのか」「誰が責任を持って発行した文書なのか」を意識しなければならない状況になっているわけです。
—すでにそのリスクは顕在化しているのですか。
佐藤:こちらについては、私からお話します。残念ながら、すでに多くの事例が発生しています。例えば、鉄鋼業界の「ミルシート(鋼材検査証明書)」。鉄鋼は見た目では品質が分からないため、メーカーが発行するミルシートが品質証明として機能しています。しかし、悪意のある業者がミルシートを偽造して、品質の低い鉄鋼と偽のミルシートを注文者に送る、ということが起きてしまっています。
とはいえ、電子化を止めるわけにもいかない事情もあります。従来、多くのメーカーでは紙のミルシートを発行し、透かしなどを入れた上で押印して、その真正性を担保していました。受け手側も、目視で透かしや押印を確かめるという、非常に手間のかかる手続きをしていたのです。こうした手続きに関する知識を持った人材も減っており、企業の人材確保が難しくなっています。
そういった事情からも、紙からデジタルへのシフトが求められているわけですが、信頼性が担保できなければ、デジタル化は進みません。そこで、偽造や改ざんを防止するための技術へのニーズが高まっているのです。
今後、活用が期待される「eシール」。その特長とは
—サイバートラストは、こうしたデジタル化における「信頼性」を支えていると伺いました。
佐藤:電子文書の偽造や改ざんを防止するために、少しずつ社会に広がってきているのが、電子データの真正性を証明する「トラストサービス」と呼ばれる技術です。例えば電子署名やタイムスタンプ※1などで、「誰が」「いつ」その文書にサインしたのかを、デジタル上で保証します。このような技術を各企業や団体に提供し、セキュリティ面からデジタル社会を広く支えているのが当社となります。
—そうしたトラストサービスの中で、いま、注目されているのが「eシール」なのですね。
佐藤:はい。2026年3月から総務省による認定制度※2の本格運用も始まりました。あえて単純化していえば、電子契約の電子署名が個人に依存する「実印」だとすれば、eシールは組織に紐づいた「角印」に相当します。電子書類にeシールを付与することで、「発行元に誤りがないこと」と「内容を改ざんされていないこと」を証明できます。
データの受け手側がeシールの付与されたPDFを開くと、上記のようなダイアログで署名が有効であることを確認できる
—従来の技術とは、何が違うのでしょうか。
佐藤:eシールは電子署名と異なり、自動で大量の電子文書へ付与することができ、データ連携した際にも、受け手側が手間なく検証・処理できるような仕組みになっているため、業務効率化にもつながります。
活用範囲も極めて広く、企業間取引の際に必要な契約書や請求書から、成績証明書や卒業証明書といった一般的な各種証明書まで多種多様な文書への適用が期待されています。
さらに運用面においても、電子署名は人事異動のたびに再発行が必要ですが、eシールは基本的にその必要がありません。
ただ、こういった優位性がありながらも、まだまだ認知は広がっていません。サイバートラストは、日本初の商用の電子認証局※3として、長年トラストサービスを社会に浸透させることを使命としてきましたが、やはり技術力だけでは実現しづらい。そこでパートナー企業と手を組むことによって、普及に力を入れていきたいと考えたのです。
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※1
タイムスタンプ:ある時刻にその電子データが存在していたことと、それ以降改ざんされていないことを証明する技術
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※2
eシールに係る認証業務の総務大臣認定制度:国が厳格な基準を設け、それらを満たすeシール用電子証明書を発行する事業者について認定する制度。これにより、利用者は国の認定を受けた高い信頼性が担保されたサービスを選ぶことができる
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※3
電子認証局:オンライン上での取引や通信において、個人または法人における真正性を担保する「電子証明書」を発行・管理する第三者機関
協業がeシール普及の流れを加速させる
—それが、キヤノンMJとの協業につながったのですね。キヤノンMJ側には、どのような狙いがあったのですか。
伊藤:私たちとしては、現在多くの企業に提供しているクラウドサービス『DigitalWork Accelerator(以下、DWA)』の機能を拡張することで、電子文書の安全性と信頼性を強化し、お客さまの業務効率化につながる価値を提供したい、という思いがありました。

DWAは、書類やデータの管理・活用を促進するソリューションです。デジタルの資料はもちろんのこと、複合機を用いることにより、紙の資料も直接アップロードでき、紙の情報とデジタルデータの一元管理を可能にします。また、各ファイルに検索用の項目を付与して保存するため、法的に長期間の保存が求められる重要文書であっても即座に見つけることができます。
実は、すでにタイムスタンプを付与する機能は実装していましたが、それだけでは「どこが発行した書類なのか」までは証明できませんでした。そこで、DWAをより信頼性の高いサービスへ発展させるためにはeシールが不可欠だと考え、サイバートラストさんにご相談したのです。
佐藤:キヤノンMJさんとは、以前からeシール以外の取り組みでもご一緒しており、お客さま企業に緊密に寄り添い、伴走されていることを知っていました。
そのため、eシールのように専門性が高く、必要性が理解されにくい技術を普及させていく上では、必ず組むべきパートナーだと考えていました。そうした中でのお声がけだったので、こちらとしても「ぜひ、お願いします」という感じでしたね。
—DWAにeシール自動付与機能を追加したことにより、今後どのような展開を考えていますか。
伊藤:まずは、お客さまがDWAをより活用しやすくなるよう、他のSaaSやAIエージェントからも、さまざまな情報をアップロードできるインターフェースの構築を検討しています。
さらに、それらの情報について、今回追加したeシール自動付与機能で信頼性を担保し、最終的には保存・参照のみならず、生成AIなどを使ったデータ利活用による業務改革を目指していきたいです。
一方で、eシール自体「どんな目的のために、どんな場面で使うべきなのか」というユースケースを、個々のお客さまの業務フローに沿って整理することも必要です。私たちが有益なユースケースを提示することで、その価値がより理解され、導入も進むと考えています。
安心・安全にデータのやり取りができる社会を目指して
—紙のデジタル化には「真正性」を担保すること以外にも、気を付けなければいけないことがあるそうですね。
伊藤:はい。単にデジタル化することが「目的」になってしまうことには注意が必要です。例えば、倉庫に眠っている紙をとりあえずスキャンしてみたものの、ファイル名がランダムになってしまって、必要なときに見つけられないというケース。そもそも「デジタル化=PDFに変換すること」ではありませんし、業務全体の効率化のためには、さらにその先を見据えたアプローチが必要です。
このような誤ったデジタル化を避けるためにも、DWAのようなツールを使って、誰でも必要な情報にすぐアクセスできるような環境を整えることが大切です。そうすることで、これまで個人で管理していた紙のマニュアルなどが「会社の資産」となり、さまざまな業務で生かされることによって、DXを成功へと導きます。
—電子文書を活用するためには、その管理環境も非常に重要ということですね。最後に、この事業へのやりがいと、今後の目標について教えていただけますか。
佐藤:国内でトラストサービスを主軸にした企業が少ない中、こうして事業を展開できていることに大きな責任とやりがいを感じています。今後は当社のサービスを通じて、高度なセキュリティを空気のように社会の中に溶け込ませ、どんなサービス間でも安全にデータがやり取りできる、そんな「信頼し合えること」が当たり前の社会を創っていきたいです。今回のキヤノンMJさんとの協業も、その大きな一歩だと考えています。
伊藤:eシールという取り組みは、紙と電子文書の両方の知見を有しているキヤノンMJが業界をリードしていくような立場になれるかどうか、という新しいチャレンジです。数年前から地道に社内で声を上げ続け、最終的にはサイバートラストさんとの協業という形で着地できたことに、非常に手ごたえを感じています。まだスタートラインに立ったばかりですが、志を同じくするサイバートラストさんと一緒に、安心・安全なデジタル社会の実現に向け、信頼の価値をつくっていきたいと思います。
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