頭痛を“当たり前”にしない。頭痛セルフケアサポートアプリ「ヘッテッテ」開発に込めた想いとは
2025年8月28日


現代社会において、多くの人が悩まされている「頭痛」。生活習慣やストレス、ホルモンの変化など、その原因はさまざま考えられますが、適切な対処法が見つからないまま、繰り返す痛みで日常生活や仕事に支障をきたすことも。しかし、大半の人が「どうにもならない」と諦めているのが現状です。
そこで、「頭痛に悩む人が少しでも快適な日常を送れるようにしたい」という想いで開発されたのが、キヤノンマーケティングジャパン(以下、キヤノンMJ)の頭痛セルフケアサポートアプリ「ヘッテッテ」。「“痛くない日”にこそ、頭痛セルフケアのカギがある」という気づきから、自分の頭痛の誘因を知り、自分に合ったセルフケアを習慣化できるようサポートするアプリが生まれました。
サービスディレクターの河合 ゆかりさん、事業開発アクセラレーターの井崎 貴允さん、そして医療監修を務める辰元 宗人さんに、アプリに込めた想いや開発の背景、そして未来へのビジョンについて聞きました。
約4,000万人が抱える慢性頭痛、過半数以上が未受診。「治らないもの」という思い込み

― 頭痛の悩みを抱えている方は多くいらっしゃると思いますが、実態はどうなのでしょうか。
辰元:私は医師として、これまで多くの方の頭痛治療に携わってきました。日本では約4,000万人が慢性頭痛を抱えており、なかでも、ズキズキとした痛みを伴う「片頭痛」に悩んでいる人は約840万人といわれています。特に片頭痛は、仕事や子育てなど多忙な日々を送る30〜40代の女性に多くみられます。
頭痛による痛みだけでなく、集中力や判断力の低下なども、患者さんにとっては大きな負担となります。「病院に行けばいいのでは?」と思うかもしれませんが、ある調査によると片頭痛81%、緊張型92%、群発頭痛57%が未受診。薬の使用も過半数が市販薬のみで、処方薬は少数派でした。
― なぜ医療機関を受診しない人が多いのでしょうか。

辰元:そもそも頭痛を病気として認識しておらず、痛いときは市販薬で対処するものだと思い込んでいる方が多いようです。そうして痛みを日常の一部として受け入れてしまっているため、継続的な通院に結びつかないケースが多くみられます。
河合:実は私自身もずっと頭痛持ちで、今回のプロジェクトに取り組むまで、ひと月に10回ほど市販薬を飲むのが普通でした。頭痛のある状態が当たり前で「どうにかできるものではない」と思い込んでいたんです。痛みが治れば忘れてしまい、次にまた痛くなったら薬を飲む。その繰り返しで、病院に行くという発想がなかったのです。私と似た状況の方は多いのではないでしょうか。
辰元:このように、多くの人が慢性的な頭痛を抱えながら過ごしている状況は、個人の健康や生活の質を下げるだけではなく、仕事の効率悪化や労働損失など、社会全体の生産性低下につながる“隠れた社会問題” ともいえるのです。
頭痛じゃない日を変えていく。頭痛セルフケアサポートアプリ「ヘッテッテ」とは?
― そうした状況を改善すべく、「ヘッテッテ」を立ち上げられたのですね。どのようなサービスなのでしょうか。

河合:「ヘッテッテ」は、「『頭痛じゃない日を変えていく』 頭痛セルフケアサポートアプリ」というコンセプトを掲げたサービスです。
従来の頭痛対策といえば、痛みを感じたときに薬を飲んで抑える“対症療法”が主流でした。しかし医療の現場では、以前から、生活習慣の見直しやセルフケアといった“予防的アプローチ”の重要性が指摘されています。
ただ、そうした情報は、病院を受診していない多くの人には届いておらず、サポートが行き届いていないのが現状です。
そこで、私たちが目指したのは「病院に行くのはハードルがあるけど、このままではつらい」と感じている人たちが、自分の頭痛の傾向に気づき、日常の中でできることから整えていけるようなセルフケアの仕組みを届けることでした。

― どのような仕組みで、セルフケアをサポートするのでしょうか。
河合:気軽に始められ、無理なく続けられるよう、「知る」「やってみる」「続ける」というシンプルな3ステップで構成しています
最初に、いくつかの質問に答えて頭痛の誘因タイプを判定します。医学的な診断名ではなく、「万年首肩重タイプ」「お薬飲みすぎタイプ」など、生活習慣を軸としたラベルで、自分の状態を直感的に把握できるのが特長です。
次に、各頭痛タイプに合わせたケアプログラムを選びます。首肩コリ頭痛のための10分ヨガや、ストレスからくる頭痛向けのメンタルサポートなど、短時間で手軽にトライできるプログラムを専門家の方と考案しました。
ただ、忙しい日常の中でこうしたケアを継続するのは、なかなか難しいもの。そこで、サポート機能として、習慣化したい行動や目標の達成状況を記録・可視化する「ハビットトラッカー」を導入しました。頭痛の有無に加え、ケアプログラムの実施状況や今日の気持ちを記録し、振り返ることができるようにしています。
井崎:ハビットトラッカーは、習慣化を支える重要なポイントだと考え、仕様に関して何度も議論を重ねました。例えば、従来のヘルスケア系のアプリはグラフや数値で変化を可視化することが多いですが、数字で管理されると「できなかった日」に目が行き、かえってやる気が下がってしまうという側面もあります。
そこで、ヘッテッテではセルフケアができなかった日も「お休み」として色を塗れる仕様にしました。「今日は記録だけでもできたからOK」と思える、そんな肯定感が習慣化をサポートしてくれると考えたのです。
頭痛ケアの新しい可能性を信じて ー 共感が支えたヘッテッテ開発の裏側
― このアプリの開発は河合さんが参加されていた社内起業プログラムから始まったと聞いています。プロジェクト立ち上げのきっかけを教えていただけますか。
河合:私は看護師として病院に勤務した後、産業保健師としてキヤノンMJグループで社員の健康支援に携わってきました。そうした経験から感じてきたのは、病気の「予防」に取り組むのは難しく、モチベーションを保ちにくいということ。例えば、「健康のために運動をしましょう」と声をかけても、実際に行動に移せる人は少なかったです。
そこで、医療とは違う視点で、楽しさや感情に働きかける形で健康にアプローチできる方法はないかと検討していたときに、キヤノンMJグループの社内起業プログラムのことを知り、応募しました。
最初に、いくつかのグループに分かれ、どんな事業を目指すか話し合うのですが、なんとメンバーの共通の悩みが「頭痛」だったのです。そして、頭痛に関してリサーチを進めてみると、医療領域では「頭痛は治療できるもの」とされているのに、多くの人が「頭痛は治らないもの」と捉えていることが分かりました。そのギャップにこそ、まだ世の中に知られていない課題解決の可能性があると思い、事業として立ち上げたいと考えたのです。

― 辰元さんと井崎さんはどのような経緯で参加されたのでしょうか。
辰元:私はもともと、大学病院の脳神経内科で片頭痛の診療や研究に携わっていました。ある患者さんから「片頭痛の際、家の照明がまぶしく感じる」と相談を受け、照明を温かみのある電球色に変えるように提案したところ、後日「頭痛がラクになった」と言われたことがありました。その出来事がきっかけで、光や音、香りといった非薬物的な予防療法に可能性を感じて研究を進めていた際に、河合さんから声をかけられたのです。医療監修としてプロジェクトの初期段階から携わっていましたが、より本腰を入れて取り組みたいと考え、2024年にキヤノンMJに転職しました。
井崎:私はこのプロジェクトが立ち上がった同時期に、別の起業プロジェクトに起案者として携わっていたんです。ですから初期からこのプロジェクトにはずっと注目していました。
その後、事業開発アクセラレーターを兼任しながら、スタートアップ投資関連の企業に2年ほど常駐することになったのですが、その際に、「想いがあっても、市場規模が小さく継続的な需要が見込めなければ、新規事業は発展しにくい」と痛感する出来事がありました。
そうした経験を経て、改めてこのプロジェクトを見たときに、メンバーが課題解決への強い想いを持っているだけでなく、潜在ニーズも非常に高い領域であり、大きな可能性を秘めていると感じました。そして「この事業をしっかり社会に届けたい」という想いが次第に強くなり、2024年、参画に至りました。
― 「頭痛じゃない日を変えていく」というコンセプトはどのように生まれたのでしょうか。
河合:初期は「頭が痛いときに、薬以外の対処法を提案するアプリ」を構想し、特に予防的アプローチとなるセルフケアを軸に考えていました。
しかし、実際に頭痛が起こると、「痛みをどうにかしたい」という気持ちが先に立ち、やはり速効性のある鎮痛薬に頼るケースが多くなります。そんな中で、セルフケアという選択肢を日常的に取り入れてもらうためにはどうすればいいのか、それが大きな課題でした。
そこで、ヒントを得るために、社内の頭痛持ち約70人に初期プロトタイプを使ってもらい、彼らの行動ログを分析しました。すると、継続的にセルフケアを実践していた人たちには、「頭痛のない日にも記録をつける」という共通点があったのです。
痛みにばかり意識が向いている状態では予防的な行動につながりにくく、“痛くない日”に頭痛に向き合うことで初めて、セルフケアの選択肢が見えてくる。
この発見をきっかけに、“痛くない日”に目を向けるよう、自然に促す仕組みが必要だと考え、「頭痛じゃない日を変えていく」というコンセプトのアプリへと方向転換したのです。
― プロトタイプの開発後に方向性を変えるのは大変だったのではないでしょうか。
河合:コンセプト変更に伴い、デザインや機能も一から見直しました。特に、頭痛がない日にもアプリを継続的に使用してもらうにはどのような工夫が必要なのか、いまのヘッテッテの形になるまで何度も何度も議論を重ねました。
生活習慣を徐々に改善していくアプローチにしたため、明確な正解も見えづらく「この方法が適切だ」と、アプリの企画担当である私たち自身が、確信を持てるまでにも時間がかかりました。一方で新規事業としてプロジェクトを前進させることも重要なので、時間や焦りとの戦いでもありましたね。
― アプリとして形にしていく過程も、さまざまな壁があったかと思います。どのように進めていったのでしょうか。

井崎:私たちにとってアプリ開発は初めての経験で、関連する知見の習得もゼロからのスタートでした。そのため、技術的な内容はもちろんのこと、法律や規制、エンジニアとのプロジェクトの進め方など、未知の領域に対して、考えうるあらゆる手を尽くしながら臨みました。その挑戦の連続は、さながら総合格闘技のようだったなと感じています。
― 大変な挑戦だったと思いますが、どのように乗り越えたのでしょうか。
井崎:プロジェクトを通して、アンケートやテスト利用など計500人近くの社員に協力してもらったのですが、私たちが取り組む姿や熱量に共感し、その後も部署を超えて手を貸してくれる人が多く、非常に力となりました。新規事業開発において、まだまだスピーディーに進まないことも多いですが、私たちの挑戦が、次に続く後輩たちに残せる道となるように、日々走り続けています。
「自分の健康は自分で守る」が当たり前になる社会を目指して
― ヘッテッテを通して今後どのように社会に貢献していきたいですか。
河合:頭痛に悩む方が少しでも快適な日常を送れるようになってほしいというのが一番の願いです。

私自身、このプロジェクトで初めて頭痛を記録し始めたのですが、なんと月の半分も頭痛を抱えていることが分かったんです。しかし、ヘッテッテを活用して生活を見直した結果、いまでは月に2〜3日程度まで減らすことができました。この実体験を通して、「頭痛は改善できる」という想いが一層強くなりました。一人でも多くの方に、こうした変化のきっかけを届けられたらと願っています。
一人ひとりが自分に合ったセルフケア方法を選び、実践できるようになれば、誰もが「自分の健康を自分で守る」ことが当たり前の社会が実現できる。その第一歩として、ヘッテッテが皆さんの選択や行動をそっと支えられるような存在になればと思っています。
辰元:これまで、患者さんが日々を幸せに過ごせるようにという想いで、頭痛の診療や研究に携わってきました。ヘッテッテを通じて、目の前の患者さんだけでなく、より多くの方にケアを届けられることに、大きなやりがいを感じています。いま頭痛に悩んでいる方々に、ヘッテッテと共に自分の体と向き合う時間を持っていただけたら嬉しいです。
井崎:頭痛は、まだまだ社会全体で十分に認識・理解されていない課題ですし、私たちだけで全てを解決できるわけではありません。関連する領域で活動している企業や医療関係者など、さまざまなステークホルダーと連携し、価値を共創していきたいと考えています。将来的には、辰元さんをはじめとする医療領域の専門家と連携し、チャットで頭痛専門医に相談できる機能の導入なども検討中です。
これからもサービスを発展させていき、頭痛という課題を抱える多くの方々に新しい選択肢を届けるとともに、それを持続的に社会へ広げていける仕組みを、しっかり築いていきたいと考えています。
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